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和田智,アウディを去った理由を語る|変革の時代にデザイナーの使命とは?

アウディで11年間活躍した和田智デザイナーが日本に帰ってきた.“アヴァンティッシモ”と“パイクスピーク・クアトロ”,話題のコンセプトカーを手がけた翌年には市販モデルのA6,後SUVのQ7,A5/S5を手がけ,シニア・デザイナーとして,また クリエイティヴ・マネジャーとして彼の実績は高く評価されてきた.最後の1年間はサンタモニカのDCC(アウディ・デザインセンター・カリフォルニア)で過ごし,6月に独立,フリーランスとなった.その真意は? 

インタヴュー○藤本彰+松永大演(CS)

■開かれたドア ーまずは独立おめでとう! でも,なぜ?

和田:その前に,お話しておきたいことがあります.私がこのようにデザイン活動を進めてこれたのは,日産自動車にお世話になり,いろいろな方々と知り合うことで,ある『ドア』を見つける機会があったからなのです.その『ドア』は私が作ったものではなく,かつて日本から大いなる情熱を持って世界に出た方々が,まだ日本車のデザインはむろんのこと,カーデザイナーについてもよく知られていないときに非常に苦労されて作り上げたものです.その恩恵に浴した私がCAR STYLINGにこうしてインタヴューを受けられる.このことが次の世代の人々にとって何かのきっかけになってもらえれば素晴らしいなと思っています.私が開いた『ドア』は非常に素晴らしい世界でした.アウディに入社したのは1998年,ちょうどTTが出る前でした.新しいアウディ・デザインが確立されつつあったときです.当時のチーフデザイナー,ぺーター・シュライヤー(現在は起亜のデザイン・ディレクター),そしてディレクターのワルター・デシルヴァと出会えたことは私にとって大きな幸運でした.違う文化圏で働き,情熱を持たれている方に出会うことによって,人間として,またクリエイターの一人として大きな活力源になりました.その背景には,僕のような者でも,受け容れてくれるアウディの社風があったからだと思います.つまり,そこに僕がいられるスペースがあったということです.ヨーロッパはもともと固まった(保守的な)世界なので,これは奇跡に近いかもしれません.容認することがすごく不得意な世界です.とりわけドイツはその傾向が強く,ロンドンやパリのような大都会ならばインターナショナルな感覚を持ち,なおかつサブカルチャーを持つような文化圏ですが,それとは違っていました.サブカルチャーを許容しないのです.ドイツではサブカルチャー=子供の文化と捉えられがちで,比較的硬い社会だと私には思えました.しかし,その硬さには,信念を持って守っているものがあるということも確かで,その代表的なものが自動車です.車はヘリティッジを持ち,なおかつ時を越えてその楽しさが常に継承されている.ドイツには明らかに「車の文化」というものがある.その文化が受け継がれ,これからも未来のために創られていくのです.

そういう視点で考えると,いまドイツの持っている文化そのものが,実は困難な時代に入っているのかもしれない.見方を変えれば新しいドイツを創造できる機会という事です.

■ドイツ・デザインはどこへ?

アウディを去るにあたって,あなたはデザイナーたちを集めてスピーチしたとか?

和田:私からお願いしたのですが、快く機会をもうけてくれました。突然のことでしたが、休暇中のデザイナーを含めてほとんどのデザイナーやモデラーが集まってくれました.アウディでの最後にプレゼンテイションの機会を得た私は『ドイツ・デザインはどこへ行ったの?』というテーマで話しました.というのもドイツのデザイナーやヨーロッパの中におけるドイツにとって,これこそ大切なキーだと思えたからです.私自身はグローバルでインターナショナルな時代を経てきたつもりですが,いかにグローバリゼイションを進めるかは,それぞれの国民性によっても異なる課題です.いま金融問題で,明らかに社会構成がターニングポイントを迎えていますよね.このターニングポイントは,元来持っているドイツ人のアイデンティティがどういうものであるかをじっくりと考えるよい機会です.みんな苦しいですが,苦しさのなかで本当に大切なものは何かということを考え,次の世代に継承していくという考え方が文化であり,デザインの使命であると私は思います.私が今回フリーランスとなる覚悟を決めたのは,その使命を会社の一員という立場で遂行するには現状、困難な行動だと思えたからで,そこに辞めることの意義を自分自身で見出したわけです.それがタイミングというものでしょう.良くも悪くも社会情勢が変わろうとしている中で,まさしくクリエイション・タイムであると思いました.今にして思えば私のこれまでの25年間は準備期間だったのです.これからが,私にとって本当のデザインであるということは断言できます.

■クリエイターとしての新たな挑戦ーそれにしても思い切りがいい.アウディでのあなたのポジションを考えるとなおさらに.

和田:この本当のデザインができるタイミングというのは,そうそうあるものではないと思います.歴史を振り返ると,ルネサンスやバロックなど様々な時代の転換点があります.現在の状況は,次の100年をかたち創るための絶好の機会に思えてならないのです. それをどのように考えて,どのように提示していくかということがクリエイターの仕事です.たとえば政治家や,いろんな分野の方にどのようにコミュニケイションをとっていけるか.私たちの仕事はマテリアル(物質的)だけではないのです.マテリアルは大きな仕事の分野ではありますが,それ以上にこれからはコミュニケイションの時代です.どういうコミュニケイションをとっていけるかということが,重要なキーになるのではないかと思っています.そのときに,ニュートラルな立場でなければこういったことは言えません.常に会社のことを考えて話さなければならないアウディの和田では,やっていけないと考えたのです.

 ■そうは思っても実際には,かなり勇気のいることでしょう.思うようにならないかもしれない.そのことへの不安はなかったのですか?

和田:これもプレゼンテイションの内容なのですが,アウディのマネジャーやディレクターには,デザイナーの美学において「今こそ,リスクをとれ」と言ったのです. このリスクこそが,最もクリエイターたるデザインであると.その行動や発言,会社におけるトップとの語らいのなかで,どういうことができるかを模索すること自体が,振る舞いそのものを含め,クリエイティヴと考えていいと.私はこれを発言している責任において,アウディを辞めたのです.美しい車,文化的に価値ある車を創造するという前提は企業目標として当然あるでしょう.ただそれ以上に会社の中が,コミットメントに振り回され,収益性向上という目標達成のためのシステムに変わってしまっています.これはアウディに限らず,世界中の自動車会社にいえることです. デザインはいかなる時代にも,目的のためにあるものだと思います.その目的があってヴィジョンがあり,それを追求してクリエイションを起こす.けれども最終的な目的が「収益」という状況では,デザインもその指令に従ってしまう.その指令がディレクターによって指示され,デザイナーが動く.その目的に応じてデザインがスタートします.でもビジネスの世界ではそれが正当化されるのであり,これが資本主義の原理だとは思います.でもここにきて,資本主義の原理が,いかに人間性から離れているかということが明確になっている.このギャップが自動車ばかりでなく,ものづくりにおける,すべての産業に響いています.このギャップを新しい形で埋める,もしくは,まったく新しい形で何かをトライしていくタイミングが今だと私は思うのです.

 アウディでの最後のプレゼンテイションでも言ったのですが,「会社を変えよう!」って.それには会社の体質が変わらないといけない.会社の体質が変わることで,業界の体質が変わっていかなければならない.アウディはそれをやらなければならない宿命を背負っていると言いました.アウディはこれまでデザインを牽引して来ましたし,それは世界的にも認知されていることです.現実にアウディの車作りはメルセデスやBMWを抜いたともいわれます.でも1020年前には,アウディはメルセデスやBMWに引き離され,常に彼らに追いつき追い越すという野心で頑張ってきたのです.その目標をある程度達成したときに,もしかしたらアウディは目標を失うかもしれない.しかし,それでもこれを達成しなければいけないというビジネスのヴィジョンだけはあるのです。これは私がデザイナーであり続けている問題と,まったく無関係だとはいえません.会社を変えられるのは,僕の経験から言うとデザイナーであり,クリエイターなのです.クリエイターに素晴らしいコミュニケイション技術と人間性があれば,経営トップを説得できます.インハウスのスタッフは,そこに居続けるならばそこに道を見出してほしい.これは私が25年間インハウス・デザイナーを務めた経験から,これからのインハウス・デザイナーに向けての提言です.インハウス・デザイナーには何かができるのです、そしてしなければいけないという事、そのためのクリエイションがいま求められているのです.次期モデルを作るのも大切な仕事でしょう,でもそれ以上のことをインハウス・デザイナーは今考え、やらなければいけないと思います.そして、それ以上にディレクターはリスクを覚悟しなければならない. 

 自動車業界は本質的に西欧型の産業構造を持っています.常に競合的でナンバーワンになろうとする.それはファッション業界と同様で,自動車でも1990年代にアメリカを中心として欧州の企業を買収する傾向がありました.いまそれをオーガナイズしているところと,できなくなったところが顕著になり,金融不況の影響で現在オーガナイズしているところも浮沈の海を彷徨っている有様です. 欧米型の会社の理論とは力の文化であり,それは非常に支配的で勝つための構造になっているということです.資本主義社会では必然的にパワーに頼るのかもしれませんが,世界大戦が終わっていても,たとえばCNNあたりではビジネス・ウォー(企業行動の戦闘)という言葉を使う.なんでビジネスが“ウォー”なのか? きわめて単純な疑問ですが,そう思います.勝つための行為,例えばそれはデザインセクションではどこにも負けない『スタイル』を作ろうとすることです.デザイナーなら誰でもその意識はありますが,本質的にすばらしい物を創るということ以上に,商業的に勝つためのデザインがいいことだという論理が正当化されると,デザイナーは手段を選ばなくなります.勝つことが目的ですから,成功すれば傲慢な意識も出てくるわけです.かつて私もそうだったかもしれない.でもこの現状からは本当にいいものを創れない気がします.

 私はプレゼンテイションの最後にこう問いかけました. Why are you designer? と.些細ですが“今“とても大切な質問です。誰もが答えなくてはいけない時なのです。最終的にお金が目的だったら,やはりデザイナーをやってはいけないよね.なんであなたはデザイナーなのだろうと.これは今だから言えるけれども,5年前には言えなかったことかもしれません.

■ 反響はどうでしたか? 

和田: インゴルシュタットを去るとき,後輩たちに言われました.私のスピリットは私が最後のメッセージができたことで,A6,Q7,A5などの作品以上に,彼らの心に残ったと.彼らは考えてくれたのだと思います.なんでこの時点で,ある日本の、アジアのデザイナーが自分たちにメッセージしているのかと.彼らは頭が切れるし,クリエイターなので直感で理解してくれたと思います.『彼らにはできるはずです.』ここが私のプレゼンテイションの大きな意味だったのですけれども.最後はみな大拍手をしてくれました.11年間で最も印象的なことはといえば,私にとってはこの最後のプレゼンテイションです.アウディデザイン部長シュテファン・ジーラフ並びにアウディデザインティームには本当に感謝しています。私は本当にこの11年間彼らのおかげでいかされました。

■見直しましたよ,アウディという会社を.懐が深い.ところで,今後の抱負を聞かせてください.あるいは自動車そのものにたいするあなたの考えを.

和田: デザイン的な思想でミニマルとフューチャーを掛け合わせる発想で新しい時代のシンプルシティ、ミニマリズムを具体的に進めたいと考えています。基本的には拡大しない発想でコンパクトに運営することです. たとえばこんな感じのマップがあるとします.まず,ど真ん中にグリーン・エナジーを置く.そうするといろんな電力会社との関係やこれまでとは違ったネットワークができます.ただしこの前提で大切なことはボーダーを取り、より深い相互関係を持つ事で様々な業界の体質を変えたいということが最も大きな発想としてあります.その意味でいま必要とされるであろう,いろいろなカテゴリーを出しているのですが,新しいモビリティをかかげて.まず体質的には競合的であってはいけないのです.LAにいたとき多くの建築家に会いました.彼らは.LAで最も大きな問題はフリーウェイにあり,フリーウェイ依存型の都市形態がLAをだめにしているといっています.なぜそうなってしまったのか? ビッグ3と石油業界の影響です.ゼロエミッションの普及がこれだけ遅れてしまった理由はそこにある.十数年前にゼロエミッション政策をうまく進展させていれば,こんなことにはなっていなかったかもしれません. この業界の人間はどちらかというと戦う姿勢を好む性格が強く,その感覚が今の時代とは合っていない、また新しい世代の若者の感覚とも合っていない。この感覚を認知して,何か変えていく新しいストラクチュアが必要です.もはやこれまでのトップダウン方式は無効で,むしろもっとフラットな体系の組織が望ましい.目線が同一であることです.とりわけこれまでの自動車産業界での競争原理の体系を崩すべきだと思います.

 たとえばアップルはひとつのサンプルです.LAにいたとき,まったくのプライヴェートでジョナサン・アイヴ(アップルのID担当SVP)に会う機会がありました.

アップルはハードウェアとソフトウェアがバランスよく混在して,またスピリチュアルです.特に1980年代のアップルは非常にスピリチュアルですね.それが現在のビジネス体系にのって,少なくはなっていますが,この世界のブランドの製造業として非常にバランスが取れている.で,なおかつ攻撃的ではないのです.このビジネス・スピリチュアルが自動車業界に影響を与えてくれたら,いい結果を生むだろうと考えました. そこでまったくの個人的なお願いですが, 『アップルからニュー・ヴィークルを出してもらえませんか?』と言ったのです.もちろんそのときはアウディの社員だったし,アップルと何かを企む意思もありません.ジョナサンは笑っていましたが,現在の自動車産業界の状況は理解していました.私の話の意図も察知してくれたはずです.しかしもしもアップルが次世代ヴィークルを出したら,まず何かをしなければならないのは,私たち自動車業界です.アップルに刺激を受けて自動車産業全体がその性格、体質を含め新しい創造活動を起こせるかもしれません. とてもわかりやすいので,この話をしたのですが,これはアップルでなくてもいいのです.ただし,もしこれからトヨタ や 日産 が、従来の企業体質“のまま次世代ヴィークルを出すのでは意味がない.そうなってしまえば,10年後のEVはゴミになってしまうかもしれない、ここで新しい企業体質における価値の創造がなければ,新しいヴィ-クルの存在意味がないのです.

新しいヴィークルは人々に新しい暮らし、価値観を創るものだと思っています.そのために企業の性格も体質も変わらなければいけない.ここは一番難しい事だと思うし,これはヴィジョンある経営者に言いたい内容なのです.ぼくは素直にいま感じていることが,多かれ少なかれ間違いではないと思っています.会社の体質が変わっていないのに電気自動車を出す会社があるとすれば,それをビジネスだと考えていることが危険だと思います.それは商品の目玉ではなく,これからの本当の暮らしなのです.ここが肝心なところです.いま私たちの生活が少しずつ変わってきたのは,例えばアップルが及ぼした影響は大きく,ここはもっと評価されていいと思います.スピリットと,ハードウェアとソフトウェアのバランスにおいて,これはビジネスだけではないのです.暮らしをかたち創っている時代のひとつの象徴としてのことなのです.いまこそ体質を変える,すごくいいきっかけだと思います.どちらにしてもお金がないでしょうから,コンパクトにしなければならないし,コンパクトにするのだったらどういうヴィジョンでコンパクトにするか,そこからどういうふうにまた再生できるのか.もしくはどういったものの再生からDNAを受け継ぐものが生まれてくるのか.そんな発想でないと,このまま大きく進展していくということは,あり得ないと思っています。とりわけ今言ったような発想はこれからのアジア、アフリカにはとても大切な事です。これまでの西欧体系の力のビジネススタイルをこれからのアジア、アフリカに伝えてはならないのです。

 

■最後に,今後のSWデザインTOKYOのありようは?

和田:基本的なスタンスとしては,今年は準備期間として,仮スタートしますが正式には来年から,何か今年準備できることを行動に移していこうと考えています。で,“私には何が出来るのか?” 一人では多くは出来ないですよ,正直いって.でも出来ることはある.それを私は一つ一つ,ミニマル(最小限)ながらやっていきたい.そしてかつて先輩が創ってくれた『ドア』を今度は私がこれからの人たちの『何か』のためにクリエイションしたい気持ちでいます。そしてまた何よりも柔軟でありたい。もしかしたら,デザイン・スタジオはネット上だけかもしれない.ネット上に事務所があるだけで,私がドイツにいったりインドにいったりすることになるでしょう.ワダサトシという人間で動きたい,そんな感じです.